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ちょー短編小説

 あいつの言うことは、よく分からない。これは言っていることの意味が分からないんじゃなくって、言うことが聞き取れないのだ。

 星が丘中学校二年一組出席番号二番、相沢秀治は、滑舌が悪い。よくテレビで滑舌が悪いことをネタにしている芸人を見るが、その比じゃない。相沢秀治の滑舌の悪さは、ギネス級だと俺は思う。

 俺は二年になってから、相沢秀治と同じクラスになった。一年の頃から「何を言っているかわけの分からないやつがいる」と相沢秀治は噂になっていた。相沢秀治はいつも顔色が悪くて、背の高いひょろっとした死神みたいなやつだった。俺の勝手なイメージだけど、ちゃんと野菜とか食べてなさそうな感じ。そんな不健康そうなやつなのに、学校には毎日来ていて一年の時は皆勤賞という、みんなのイメージを裏切るやつだった。友達もいない様子で、いつも廊下をさまよう様に歩いていた。そして、たまにしゃべると滑舌が超悪い。

 たとえば国語の授業で、教科書を音読しろ、というのがある。相沢秀治の音読は、なにかお経の様であり、どこか北欧の国の言葉の様にも聞こえた。それをからかうやつもいたが、女子達や教師が「本人も気にしているだろうから、からかうのはやめよう」と言った。しかし、相沢秀治はどこ吹く風、からかう声を聞いてもにやにや気味の悪い笑いを浮かべているだけだった。

 いつからだろう。あいつの言うことを聞き取れたやつは死ぬ、という噂が流れ始めたのは。一年の終わりごろにはその噂が広まっていて、笑っちゃうだろうけれど、みんなそれを信じていた。だから、相沢秀治がしゃべるとき、みんな心底怯えた。聞き取れてしまったら、死ぬ。まるでホラー映画みたいだが、相沢秀治のルックスとその死神みたいな雰囲気は、噂を増長させた。もし聞き取れてしまったら、三回その言葉を他の人に言わなくちゃいけない、とか、一週間以内に死ぬ、とかなんとか。俺も噂を信じているわけじゃなかったけれど、薄気味悪いやつだとは思っていたし、なるべく関わりあいたくないと思っていた。

 それが先週の金曜日、席替えがあり俺は相沢秀治の隣の席になってしまった。クラスのみんなから「どんまい」と言われながら、相沢秀治の隣の席に着いた。相沢秀治は、近くに寄るとフローラルな柔軟剤みたいな匂いがした。そこがまた気持ち悪かった。何かを相沢秀治から言われたけれど、聞き取れなかったので俺は無視した。

 そして今日、社会科の授業の時だった。社会科の田中先生が、最近赴任してきた理科の大林先生が犬を飼っている、という話をしたのだ。授業には全く関係のない雑談だが、みんな結構田中先生の授業とは外れた話が好きだった。

「あの、小っちゃい犬なんだよ。こないだ散歩しているところ見たんだけど、なんていう犬だったかなー」

「チワワ!」

トイプードル!」

クラスメイトたちが口々に言う。田中先生は、

「いや、そうじゃなくって、あの、なんだったかなー」

と頭をひねっている。楽しい雑談だ。そこに突然、

ミニチュアシュナウザー

と声がした。声の方を向くと、なんと相沢秀治がしゃべったのだ。そして、それをクラスメイト全員が聞き取れてしまったのだ。

ミニチュアシュナウザー

相沢秀治がもう一度言う。静まり返った教室に、相沢秀治の声が響いた。数人の女子が泣き出し、みんな青ざめた。

「嫌だ、死にたくないよ!」

そこからはもう、教室はパニックだった。死にたくない、死にたくないと絶叫する者、いっそのこと窓から飛び降りてしまおうとする者、過呼吸を起こして倒れる者、田中先生が「みんな落ち着きなさい」と叫ぶが、教室中誰も聞いてはいなかった。俺は相沢秀治の顔を見た。あいつはにこにこと笑いながら、地獄絵図の様な教室を眺めていた。